竜と王子様 act.1



宮廷楽団の奏でる旋律が、風に乗って流れてくる。
また父上が呼びつけて、演奏させているのだろう。最近の父上の体調は、息子の自分の目からも今ひとつ芳しくない。道楽の一つや二つは自由にしてもらって構わないと思う。
しかし。
「はあぁあぁ・・」
俺は長椅子に体を投げ出した。盛大なため息と共に、一枚の小ぶりの肖像画を机にぶん投げる。

「お前にもそろそろ身をかためてもらう必要がある。」

そう言って父上から差し出された肖像画。そこに描かれた、気品に溢れた美しい女性。サザンビーク領内でも特に取り立てている貴族の娘。肖像画を見る限り気立ても申しぶんない。一族では今頃、皇太子への輿入れがきまるかどうかで、上へ下への大騒ぎに違いない。
「うあぁあ・・」
面倒くさい。考えたくもない。
俺は軍備や戦術を考えるのは好きだが、国政など出来れば関わりたくないんだ。そういうことは、弟のクラビウスの方が得意だし向いている。王位はあいつに押し付けて自分は参謀の位置に収まる形が、お互いのためにも国のためにも、ひいては民のためにもなるだろうと常々思っている。だが、その考えは父上には受け入れてもらえない。
理由はなんとなく分かる。
クラビウスと俺は母親が違う。俺の母親は俺が幼い頃に他界した。クラビウスの母親になる女性は、その後やってきた。
俺が王位を継げば、俺の母親の出身の領家は安泰だろう。もし継がなければ、逆に危うい立場になる可能性がある。俺の母親を、事情があるにしろ結果的に大事にしていた父上の望みは、多分そのあたりにあるんだろう。
「俺には関係ない話だっての。」

話せば長くなる。
その昔、サザンビークの王家の長子であった父上と、東国トロデーンの王家の一人娘であった姫は、許されざる恋におちた。
その頃の世界情勢はといえば、列強が名を連ね、とてもではないが西の強国と東の大国が直接の婚姻関係を結べるような情勢ではなかった。
父上とトロデーンの姫は泣く泣くお互いをあきらめ、「情勢が許すようになったら、必ず両国の王家同士で結ばれよう。」と誓い合い別れた。
トロデーンの姫をあきらめさせられた父上には、その後すぐに大臣経由で縁談が持ち込まれた。
しかし、当の大臣の猛反対でトロデーンの姫を諦めさせられた父上は(実際には大臣が反対しようがしまいが、二人の結婚は不可能だったのだろうが)、その縁談に反発した。そして、あろうことか、片田舎の領家の娘を強引に娶ってしまったのだ。

自分の我を通すため、立場に物言わせ俺の母上を手に入れた父上の行動の後始末を、いつまでも担当させられること程馬鹿らしいこともない。後ろ盾のない自分の苦労をひけらかすつもりもない。
俺はクラビウスも王妃である継母も好きだ。だから、彼らに国を御していってもらいたいと思うのは、自然な感情だろう。

天井に描かれたフレスコ画の天使を眺める。優しい眼差しは、この絵をこよなく愛した母親の面影と重なる。

コンコンと、上品なノックが響く。この叩き方は
「クラビウスか?」
遠慮がちに開いた重厚なドアの向こうから、クラビウスがひょいと顔を覗かせた。
「さすが兄上。」
「誉めたってなんにも出ないぞ?」
ひっくり返ったままだった体を起こし長椅子に座りなおしながら、部屋に入ってくるクラビウスを迎える。
城内は広い。家族だって、その気になれば顔を合わせず暮らすのも容易いここで、クラビウスは足繁く俺のもとへ通ってくる。
慕われているのだろうし、俺もクラビウスは好きだ。
エメラルドの瞳と見事なブロンドをもつ、優しい賢人。嫌みや妬みではなく、これほどの王の適材など他に居るだろうか?
「兄上から何かを出して頂くなどと。」
そう言って笑いながら俺の前を通過し、机に放り出されていた肖像画を手にとる。
「この方は・・」
「知っているのか?」
「ええ、先日領内で偶然。大変美しい方でしたよ。」
夢見心地のように語るクラビウスをまじまじと見つめてしまう。宮廷内には美しい女性など珍しくもない存在だ。目の肥えたクラビウスがそう言うなら、その女性の肖像画は、誇張や美化のないものだということか。
「お前が娶ればいい。」
「ま、またそんなことを!」
少し顔を赤らめて反論する。俺はおかしくなってこらえながら笑った。
「顔が赤いぞクラビウス。まんざらでもないのだろう?」
「それは・・。でも、そういう話ではありませんよ。彼女は皇太子妃として迎えられたいのですから。」
「だったら王位ごとお前にくれてやる。」
「兄上・・。」
俺の真剣な眼差しをどうとったのか、クラビウスは少し困ったような顔をした後、ちいさくため息をついて微笑んだ。
「先日、内乱を未然に防いだ功績は、国中の民が知るところです。勇ましい賢王の誕生は多くの国民の望む所なのですよ?」
「内乱を未然になんて言えば聞こえはいいが、要はお家騒動と重課税でごったごたになった領主の首を切っただけだろ。あんなの頭蓋骨の中に脳味噌が入っていさえすれば誰にでも出来る仕事だ。」
思ったよりそっけない声が出てしまった。クラビウスにはなんら非はないのに。
俺はただ。
不意に視界が遮られる。
「兄上。」
座ったままだった俺の頭を、クラビウスに抱きしめられる。コイツは時々こういうことをしてくる。
「父上やわたくしを、あまり困らせないで下さい。皆、あなたを愛しているのです。」
「ああ・・分かっているさ。」
分かっている。愛されている。我侭を言って困らせたいわけではないんだ。

それでも。王になれと言われても。抱きしめられても。


拭えない孤独を無視できない。

















act.1 兄弟


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うっかり、エルトリオ×ウィニア話を書き始めちゃったんだけどいいだろうか・・?!(誰に聞いてる
う〜〜〜でも、ちゃんと終わらせられるんだって確信がいまいちなくておそろしい・・・(;´Д`)
どうせサイトの中にあるもん全部自己満足なんだから気にすることはないのかもしれないがね!(笑)



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